問題視される「審判批判」

2015.1.27(火)

ここ数日、スポーツ界でプロ選手が「審判批判」と捉えられかねない発言をしたことが問題視されています。
Yahoo!ニュースの記事をシェアさせていただきます。

 

「AFC、審判批判発言の本田圭佑に罰金5000ドル…試合で警告の今野や清武にも」(SOCCER KING)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150118-00272622-soccerk-socc&pos=3

「白鵬“禁じ手”審判批判 33度目V台無し…横審も反論「未熟」」(スポニチアネックス)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150127-00000018-spnannex-spo

 

競技は違えど、審判批判は御法度であることは明白です。
ただ、競技の最高峰でもプレーと判定にギャップが生じることがあるということも同時に示していると思います。

スポーツ観戦を楽しむ者としても、選手と審判が対立する姿は望みません。
選手には最高のパフォーマンスを期待しますし、審判には最高の判定で競技を盛り上げてもらいたいですね。
罰金だとか厳重注意だとかが騒がれ、選手の価値が下がってしまうのは残念でなりません。

 

さて、ここからは野球に話を切り替えますが・・・

審判の判定に対して異議を唱えることは基本的に認められません。ルールの誤適用が疑われるときに限り、監督が審判員に訂正を求めることができます。(野球規則9.02)
招待試合等のパンフレットに「抗議は監督のみとする。ただし、判定の確認のみとする」という文言が書かれていることがありますが、いずれにしても審判員の判定が最終のものなので、異議は唱えることはできません。

 

例えば「本塁クロスプレイ。タイミングはアウトだったがセーフの判定」というプレイがあったとします。
これに対して、守備側の監督が行える「確認」というのは「今のはタッグができていませんでしたか?」という内容のものまでになると解釈しています。「何でセーフなんだ!おかしいだろう!」「誰が見たってアウトだよ!」というものは、「確認」の域を超えたものになると思います。つまり、審判批判、審判員に対する侮辱です。

 

審判員の技術を補うための策として、仙台市野球協会では監督の「確認」の範囲を広げる動きがあるようです。

選手や指導者は、審判員について「正しい判定のもと試合を進行してほしい」という願いを当然持っていますし、審判員のほうも審判員としてグラウンドに立つ以上は、経験年数や体調などのエクスキューズは一切無しで、起こるプレイを正確にジャッジし、毅然とした態度で振る舞うことが要求されます。審判員が現場の願いに応えるためには、審判員として正しい判定を行うための技術、その判定に説得力を持たせるための資質を身につけるための努力をしなければいけませんし、それらを試合で発揮することが要求されるのです。審判員には権限が与えられますが、同時に責任を背負うことになるのです。私もそのことをしっかりと理解し、気を引き締めてグラウンドに立たなければならないなと思います。審判員が「人のやることだから間違いはある」といってあぐらをかき、権限をはき違えることは絶対にあってはいけないと思います。我々審判員も正確な判定を行うために精一杯の努力をしなければいけないと思います。

どういう運用になるのかはきちんと把握できていませんが、「確認行為」と「審判批判」は全くの別物です。
新制度導入により、チームと審判員がお互いの立場をリスペクトして新しいシーズンの大会を進行できることを切に願いますし、審判員の技術・資質の全体的な向上が図られればいいなと思います。

 

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